「万引き家族」を観てきました
カンヌ映画祭でパルムドール(最高賞)をとって話題になった、確かにそれもあります。
しかし、わたしが観たいと思ったのは単純に設定と、是枝監督の作品だったから。
「そして父になる」「海街Diary」を続けて観て、空気感が好きだなと思ったんですよね。
さらに両作品で味わい深い存在だったリリー・フランキーさんが出ているということ。
「凶悪」というものすごい映画を観てしまって、めちゃくちゃ後味は悪いんですが、リリーさんの存在感が深く刻まれたんです。
▼アマゾンプライムで観れます。
というわけで、以下ネタバレありの感想です。
自然な演技、日常の風景
話は淡々と進みます。全員の演技が自然で、本当の日常を切り取ったような錯覚におちいるほど。
樹木希林さんやリリーさんが上手いのはもうわかっていますが、安藤サクラさんが秀逸でした。
そして子どもたち2人もとてもよかった。とくにりんちゃんの役の子はハマってましたね。
ただ、自然すぎるがゆえに、セリフが聞き取りづらいところが多々…。それだけが残念。もう一度家で大音量でじっくり見返したいと思う部分ですね。
万引きでつながった家族
万引きを担当する男2人を筆頭に、家族全員がそれを黙認している。なんなら信代も仕事先で客のものをくすねているし。
そんななかで育った祥太には、「万引き=悪いこと」という感覚がなかった。
それが柄本明さん演じる、商店店主の一言によって揺らぐわけですね。
家族の中でたったひとり。そのほんのわずかなほつれが、すべての終焉へとつながっていきます。
タイトルを見たとき、「万引きをする家族」の話だと額面通り受け取ったわけですが、実際には「万引きによってつながった家族」の話。
祥太もりんも、いわば「万引きされて」この家族の一員になったのですから。
家族とは何なのか
ほぼ血のつながりはないし、みんな自分のことで手一杯なんだけど、それでも全員が家に集まっているときには奇妙な温かさがある。
それだけに、自分が産んだわけでもない、「お母さん」と呼ばれたわけでもないりんに愛情を注いだ信代の、最後のシーンの涙が胸を打ちました。
池脇千鶴さん演じる警察官は「でも産まなきゃ(母親には)なれないでしょ」と言った。このセリフ、すごいと思います。
本当にまったくの赤の他人だから言えるんでしょう。りんの血のつながった母親は、りんを虐待していた。血のつながらない信代は、本当の家族のように愛情を注いでいた…。
そして、治が「父ちゃん、おじさんに戻るよ」と言ったシーン。走り去るバスを追いかける別れのシーン。
ほかの方のブログで知ったのですが、あのとき祥太は声に出さずに「お父さん」と言っていたんですね。とうとう本人には一度も呼びかけられなかった言葉を。
スイミー
わたしが印象に残ったのは、祥太がスイミーの話をする場面。その後教科書の朗読もしていましたね。
スイミーは小さな魚ですが、最終的には仲間たちがいっぱい集まって、自分たちの何倍も大きな敵をやっつけます。
「弱者が手をとりあって、社会の波のなかを泳いでいこうとする姿」そんな示唆が見てとれました。
ラストシーンの意味
祥太は学校に通えるようになったけれど、りんは虐待する家族の元に戻されてしまった。その事実がただつらい。
ラストシーンはいろんな解釈ができそうですが、おおむね希望的なものが多いですね。
りんがベランダの外に見たものは何だったのでしょうか。
わたしとしては、祥太が会いに来たのであってほしいかな…と思います。
弱い者たちの物語
「名前がふたつある」、実の親からは愛してもらえなかった亜紀。
自身も過去に虐待を受け、親から愛されずに育ったのであろう信代。
同じように自身も望むような家族を持てず、「父ちゃん」と呼んでもらえるような関係性を望み、自分の本名を拾った子どもにつけた治。
「祥太」と呼びかけるたび、祥太とコロッケを頬張ったり雪だるまを作ったりするたび、自分が父親にそうしてほしかったであろう”埋め合わせ”を、彼はしていたのではないでしょうか。
そして亡くなった旦那の元家族からお金を受け取っていた初枝。年金は「慰謝料」だと言う。
「愛情じゃなきゃ何でつながるんだよ」「お金」弱い者たちが寄り添うこの平屋では、つながりは確かにお金だったのかもしれない。
でも全員で見えない花火を見上げたシーン、盗んだ水着を着て海で戯れるシーンはほんとにあたたかくて、まぶしくて、紛れもない「家族」の姿がそこにあった気がしました。
単純に「面白かった」とは言えない、そんな映画でしたが、観られてよかったと思います。